太陽が 照る冬の日と 春想う2019年01月15日 20時38分


鏡餅

慌ただしい正月が過ぎ、気が付いた時にはもう1月が半分終わりです。
今年は雪が少なく、昨年末に積もった雪も少しずつ融けていき、雪の地面からコンクリートが顔を出しているところもあります。
先日雪下ろしした納屋の屋根は、残った雪も半分以上融けて屋根瓦が覗いています。
この時期、いつもなら厚い雪雲に遮られ、なかなか太陽は顔を出さないのですが、ここ数日太陽が顔を出す日が続き雪はまた融けていきます。放射冷却で最低気温の予報がマイナス10度前後の寒い日が続きましたが、今日は夜になって雨が降りだしました。さらに雪が融けそうです。
1月後半は必ず猛烈な吹雪の日があるのですが、今年はどうでしょうか。

除雪の作業が無いおかげで雑穀の脱穀調製がはかどり、現在は予約いただいていたペット用雑穀の荷造り、発送作業に明け暮れています。
これが終わればまた雑穀の脱穀調製です。
だんだん日が長くなってくると、春からの栽培計画に思いが向かいます。
あっという間に冬は過ぎていきますからね。早く脱穀調製を終わらせなければ。

屋根の雪下ろし

雪下ろし終了

雑穀の調製作業

新庄の 江戸と昭和と ラーメンと2019年01月21日 18時56分

吹雪です。
昨日は地区の御柴灯で、夜まで外で雪に降られていました。湿った雪がずんずん降ったのですが、一転して今日は冷たい乾いた吹雪です。
早朝、冷たい風と雪まみれ、凍えながら自宅前の除雪です。

あ~寒い、今日はもうのんびりしようってことで、新庄ふるさと歴史センターで行われている『松田甚次郎没後75年展』を観に行ってきました。
本日最終日。ギリギリ滑り込みです。

昭和二年、教師を辞め花巻で農耕生活を送っていた宮沢賢治の元を訪れ、その教えを生涯にわたって実践した新庄市の農家。
その先進的な活動の記録をまとめた著書『土に叫ぶ』はベストセラーとなり、続けて出版した『宮沢賢治名作選』は宮沢賢治が世間一般に知られるきっかけとなったそうな。
展示は執筆原稿や当時の写真、ホームスパンのコート、出版物や年表など。

当時は全国的に名の知られた人だったそうですが、私が若い頃はその存在さえ知りませんでした。
地元でも再評価されはじめたのはここ数年のことでしょうか。
著書『土に叫ぶ』は以前Amazonの電子書籍が出ていて読んだのですが、この環境の厳しい土地であれだけ多岐にわたる活動を実践していたのかと思うと驚きです。さらに有名になってからは地元の活動と並行して講演や農村指導などで各地を飛び回り、そりゃあ体もこわすなあと思いました。
生の原稿や遺品を見ると、ちょっとグッとくるものがありましたね。

賢治と甚次郎

ホームスパンのコート!

ついでに新庄駅に併設された『もがみ体験館』で開催されている『羽州もがみの火消人(ひけしびと)展』を見学。
新庄藩江戸火消を主人公にした時代小説『羽州ぼろ鳶組』シリーズの展示をはじめ、江戸時代から現代までの消防装備の展示がズラリ。
ぼろ鳶組で活躍する「竜吐水」や火消し装束の実物にニヤリ。
火事場で掲げられる実物の「纏」の存在感は圧巻でした。

羽州もがみの火消人(ひけしびと)展

羽州ぼろ鳶組展

纏!!!

外は吹雪、温かいものが食べたいなあと、昼食はラーメン。
ここのところ行ってみたいと思い続けていた『海草ラーメン』へ。
ここは20代の初め、何回か食べにいったきり、実に30年近く食べていないのです。
20代の自分には味があっさりしすぎて物足りない感じがして足が遠のき、以来ずうっと行っていませんでした。
最近オクサンが知人から店主が高齢でいつまで続けられるかわからないという話を聞いてきたので、これは行けるうちに行っておかなくてはと思い、やっと行くことが出来ました。

店内は当時のまま、ザ・80年代な内装が郷愁を誘います。
注文したのは私・海草醤油ラーメン、オクサン・海草塩ラーメン&餃子。
一口スープを啜る。おお、記憶の通り超あっさり。塩味も薄め。なるほど、20代前半の私には物足りないだろう。しかし、この歳になって食べてみるとなかなか美味しい。特に塩がいい。野菜&薬味がギッシリ詰まった餃子も美味し。そして安い!ラーメン450円也!
あの頃の味を堪能して、帰途へ。やはり吹雪き。

江戸、昭和初期、昭和後期、タイムトリップを楽しんだ一日でした。

海草ラーメン

歴史を感じる~