食料の大量生産のことなど2012年02月16日 18時27分

今回は食料に関するドキュメンタリーを2本。

『フード・インク』
 2008年/アメリカ

アメリカの食料生産現場の実態を描いた作品。
ファスト・フードが外食産業に工業的フードシステムを持ち込み、今ではわずか数社の巨大企業が食料生産から流通、販売の現場を支配している現状、そこから生み出される食料の危険性についてが描かれている。

工業フードシステムの源流をたどっていくと、アイオワ州のコーン畑に行き着く。
政府の補助金により生産コストよりはるかに安い価格で取引される加工用のトウモロコシは、家畜の飼料をはじめ、あらゆる食品添加物に加工される。

大量生産される牛は、もともと食べないコーンを主にした飼料を食べさせられ、腸菌が耐酸性をもつようになり、O-157など、より危険な大腸菌を生み出す。
巨大企業の支配下にいる養鶏農家は、業者が望む食肉を作るために多額の借金をし設備投資を強要される。
そして飼育現場は不法就労者の低賃金労働によって支えられている。彼らにはなんの補償もなく、怪我をすれば使い捨てにされるだけ。

もう一つ工業フードシステムを支えるのが遺伝子組み換え作物。
アメリカ大豆の90%は遺伝子組み換え大豆。
品種は特許によって守られていて、企業に無断で栽培してはならない。
不可抗力で品種が交配してしまっても、栽培した農家に説明責任がある。
農家は企業との莫大な裁判費用を捻出するか、罰金を払うかしか選択肢がない。

消費者は自分が巨大企業に影響力があるとは思っていないが、消費行動により企業の方向性は変わる。
たばこ産業の例を観れば、公共政策を支配した大きな力はもはや崩れ去った事がわかる。
「病院に行く人が減ること、それが唯一の成功だ。国政の成功だ」と映画は締めくくられる。

なかなかいい作品だった。
興味を持たれた方は映画にも登場するマイケル・ポーラン著の『雑食動物のジレンマ』も必読。


フード・インクとセットで宣伝されていた作品。
『ありあまるごちそう』
 2006年/オーストリア

こっちの作品はちょっと肩すかしだった。
予告編や宣伝から、食料の大量生産・大量廃棄についての映画かと思って観たけれど、なんかちょっと違った。
まあ、内容的には「食料生産のグローバル化はいけませんよ」といったことが、先進国に食料を送りながら飢餓に苦しむ途上国などを例に出して描かれている。
なんか全体的にとっちらかった印象で、お時間のある方は観てもいいかも。

核廃棄物と再処理のことを2012年02月06日 16時45分

放射性廃棄物関係のドキュメンタリーを2本観た。

『放射性廃棄物 ~終わらない悪夢~ 』
 2009年/フランス

隠された原発事故、原発周辺の放射能汚染、使用済みの核燃料はどうなるのか、ロシア、フランス、アメリカでの実態を追ったドキュメンタリー。
まずビックリしたのは、放射性廃棄物の船からの海洋投棄は禁止されているが、施設から直接海に垂れ流される分には法に触れないということ。ドウナッテルノ?
そして再処理施設周辺の信じられないほどの環境汚染。
それを知らされぬまま暮らす人々。
核燃料再処理施設の稼働は「常に原子炉の事故が起きているような状態」、「日々放射能漏れが起きているような状態」だという。
青森県六ヶ所村に作っているあれは、こうなるって事か。
以前そんな話を聞いたときには「まさかそんなことあるはずがない」と思っていた。
だって施設を作ってお金をもらう青森県はともかく、被害を直接受ける岩手県が黙っているはずがないと思っていた。
しかし原発事故後の都道府県、市町村等行政の動向を見ると、まったくあり得ることだと思える。

原子力は使用済みの燃料をリサイクルできる、地球に優しいエネルギーだと宣伝されているが、フランスの再処理工場からロシアへと流れる再処理した核廃棄物の実態を観るとそれもまたウソらしい。
再処理によって出来るのはウランが95%、プルトニウムが1%、そして最終廃棄物4%。
フランスの原子力企業アルバ社は再処理されたウランの90%はリサイクルできると主張しているが、実際には10%しか再利用されていず、残りはそのまま放置されている状態だ。
そしてどんどん廃棄物は増えていく。

莫大な費用をかけ、そして環境を汚染し続け、再利用もされない再処理は何の意味があるのだろうか。


『100,000年後の安全』
 2009年/デンマーク

そしてこちらは現在フィンランドで建設されている核廃棄物の最終処分場“オンカロ”のことを扱ったドキュメンタリー。

10万年。それは核廃棄物が生物に無害な物質になるのに要する時間。
地上は戦争や政変、天変地異などが起こるため危険。そこで地下500mの安定した地層の中に100年かけて廃棄物を埋め、10万年間保管する。
問題は10万年間どうやって保管していくかということ。
方法は二つ。
一つ目は危険であることを表示すること。
標識「マーカー」を置く。石碑のようなものに数カ国語で危険であることを示す。
10万年後の人々(あるいは生物)は、現代の言語を理解できるだろうか。
文字ではなく絵で。
恐怖を連想させるイラストで危険であることを示す。
たとえば「ムンクの叫び」をそこに掲げる。
ここまで来るともはやブラックジョークの領域。

そしてもう一つは警告を残さず、施設があることを隠してしまう。
未来の人々の理解できないものを残しておくのは危険で、現在の思惑とは逆に好奇心を刺激してしまう恐れがある。
遙か昔に作られた遺跡に「危険」と書かれていたら、どんな危険があるのか突き止めたくなるだろう。
警告を発するより、存在そのものを忘れさせれば、処分場を発見される可能性も低くなる。

文明は今より進んでいるか?退いているか?
それは誰にもわからない。
どちらがよい方法なのかを10万年前の現代人が判断することは出来ない。
どちらにせよ悪い冗談のような現実の話。

原発事故前は日本でも「最終処分場の候補地を探しています」なんてCMをよくやっていたけれども、これから手を上げる勇気のある自治体は出てくるだろうか。
どちらにせよ核廃棄物は日々増えていく。廃棄物は消してしまうことも、害の無い物にしてしまうことも出来ない。
無害になるまで10万年間待ち続けるしかない。
今できるのはこれ以上増やさないということだけだ。

温泉に入って、映画を観た2011年12月18日 19時28分

友人のFacebookをチェックしていたら、なんと肘折温泉で見逃していたドキュメンタリー映画『よみがえりのレシピ』を上映するという。
温泉と映画!これは何があっても行かずばなるまい。

一人で行くのも後ろめたく、旅館の部屋を日帰りで借りて、オクサンと娘は私が映画を観ている間、そこでのんびりしてもらおうと目論んだ。

朝、家を出るときは少し雪模様。しかし、大蔵村に入り、だんだんと肘折温泉に近づくにしたがって尋常じゃないほどの雪模様になっていく。
さらに道路はまだ除雪の途中。1.5車線ほどの狭さで、対向車が来たら譲り合わなければならない状態。こんなんでたどり着けるのか。

たどり着けた。部屋を借りたのは『三浦屋旅館』。この夏にちょっと日帰りでお風呂を借りた、木造の鄙びた湯治宿だ。
通されたのは一階の湯治部屋。隣との仕切りはふすま。廊下との仕切りは障子という、昔ながらの作り。すでにファンヒーターで部屋は暖かく、6畳の真ん中にコタツが据え付けられている。完璧。

昼食の前にさっそくご入浴。前回は入らなかった家族風呂へ。
こちらは2号源泉を使う男女別のお風呂とは違って、3,4号源泉を使用。
濁りはあまりなく、臭いも弱め、ほんのり塩味。サッパリした入り心地。
ただ、子供も入るので、だいぶ加水してぬるめたため、そんな感じになったのかも。
ともあれジックリ浸かったので、かなり温まり&汗。
部屋に戻ってダラダラしていると昼食のうどんが運ばれてきた。
乾燥麺を使った、素朴な家庭料理風のうどん。意外とボリュームがありけっこう腹一杯&また汗。

昼食後、いざ妻子を残し映画が上映される『肘折いでゆ館』へ。
この映画、なぜ観たかったかというと山形県内の在来野菜を扱った映画ということもあったけれども、監督の渡辺智史氏は大好きな映画『湯の里ひじおり-学校のある最後の一年』を撮った監督だったからだ。
オープニング、雪深い風景に老人のしゃがれた声の語りが被さる。う~たまらん。
大量生産、大量流通の波に乗れずに消え去ろうとしている、その土地々々に根ざした在来野菜たち。その種を受け継ぎ、次へ繋げていこうとする人々の営みが描かれる。
それは単に種を受け継ぐということだけではなく、その土地の文化や歴史を継承していくことでもある。
「この種を無くしてしまいたくない」。作品中で語られたこの一言がすべての出発点であり、終着点なのかもしれない。
大量流通の方法論に乗り「広げ」て行く方向ではなく、深く「掘り下げる」方向に進むべきと強く感じた。
ただ・・・その行き着く先がどうしても奥田シェフになってしまうため、そこから先どうしたらいいの?と思ってしまう。
年に一度食べる特別な料理よりも、家庭の主婦が普通に取り組めるレシピも必要なんじゃないだろうか。土地に根ざした文化や歴史を繋げていくという意味でも。

小さなイベントスペースでの上映会であったが、意外と映像が綺麗でビックリした。
上映終了後に渡辺監督と、作中に登場する「甚五右ヱ門芋」のS藤君のトークショー。帰りに甚五右ヱ門芋を使ったアイスクリームをごちそうになったが、とろりとした粘りと深いコクがあり、とても美味しかった。

さて、会場はそのままクリスマス・パーティーになだれこんでいたが、暗くなる前に宿をチェックアウトしなければ。
外はまだ雪。宿に帰った頃にはすっかり体が冷え切ってしまっていた。
娘は部屋の中を元気いっぱい走り回っていたが、オクサンは娘の相手でグッタリ。一日のんびりとは行かなかったようだ。
出発前にひとっ風呂。
今度は玄関脇にある男湯に入浴。こちらは2号源泉使用で、底が見えないくらいの濁り具合。柔らかい感触に金気臭。気持ちイイ。
午後4時にチェックアウト。宿の方が「もっとのんびりしていったらいいのに」といってくださったが、これ以上居ると泊まりたくなってしまう。未練を断ち切って帰途についた。
今夜は温泉に泊まった夢を見ながら寝よう。

http://www.y-recipe.net/

一年一度は読み返したい本2011年11月04日 20時18分

『ここ―食卓から始まる生教育』
内田美智子・佐藤 剛史/西日本新聞社

先日漫画家の魚戸おさむ先生が「読むたびに泣いてしまうんです」と涙で声を詰まらせながら朗読された本。
こちらもかなりグッと来てしまって、さっそく本を買って読みました。

助産師として数百人の出産や子育ての現場に立ち会った経験からにじみ出てきた子育て論。
「手のかからない子ほど手をかけて」
「子供は育てたようにしか育たない」
「家族で囲む食卓の大切さ」
単純で深い。珠玉の言葉があふれます。
最初っから胸が詰まりっぱなしです。
「弁当の日」でさらにジーンと。

〈子育て〉とは〈人育て〉なのだと感じました。
ただ子供を大人にすることでは無いのですね。
人を作り上げるという、とても重いことなんですね。
この本は子育てをしているすべての人、これから子育てをするであろうすべての人にぜひ読んでもらいたい本ですね。
そして私も年に一度は必ず読み返してみたいと思います。

ぜいたく芋煮会2011年10月23日 19時20分

昨日は市内にある蚕糸試験場跡のエコロジーガーデンで『原蚕の杜フェスティバル』と銘打った芋煮会に参加してきました。
キノコの入った最上風、牛肉・醤油味の山形風、豚肉・味噌味の庄内風、そして地元最上のプレミアム食材をふんだんに使ったスペシャル芋煮と、何とも贅沢な芋煮会でした。どの芋煮にもそれぞれの地域の在来里芋が使われていて、どれも甲乙付けがたいスペシャルなお味でした。
特に庄内風には一度食べて強烈な印象が残っていた『山伏ポーク』が使われていて、はち切れそうな腹を抱えて何杯も食べてしまいました。
芋煮の後は県内在住の老舗フォークグループ『影法師』の生ライブ。
市内の飲み屋で二次会、そして鮭川村『エコパーク』のコテージでの三次会は漫画家の魚戸おさむ先生をかこみ、先生が庄内の酒蔵からいただいてきたラベルの無いプレミアムな日本酒での酒盛りが夜遅くまで続きました。
今日はその流れで、我が母校、昭和小学校での魚戸先生の食と農についての講演も聴かせていただきました。
助産師・内田美智子さんの著書の一節を涙で声を詰まらせながら朗読されて、こちらも危ういところでしたよ。

当てにしていたのにぃ2011年06月20日 20時42分

今日もまた晴れ、ここんところ真夏みたいな天気が続いています。
午前中に市役所へ。
農家戸別所得補償の申請へ。
今年からの『環境保全型農業直接支払交付金』って有機栽培をしている面積に応じて、補助金が出るはず・・・って、新庄市ではそれにかかる負担金が出せないので、取り組まないとのこと!
ああ、ショック!
もうちょっと生活が楽になるかな~とかちょっと期待していたのに。

家に帰ってちょっと考えてみた。
新庄市でこの交付金をもらえるのはほんの数人のはず。ということは負担金だってほんの少しのはず。
ほんの数人のために貴重な時間を割けないって事?

人はなぜ太る?2011年02月23日 20時13分

『加速する肥満』
ディードリ・バレット/NTT出版

肥満が社会問題になっているアメリカの食生活についての本。
著者が心理学者なんで、食の安全方面よりも、どちらかというとダイエットも絡めた、精神面での食習慣に関する方に重点が置かれているのかな。
精製されすぎた糖分や脂肪のとりすぎによる人体への害、なぜ人間は悪いとわかってそれを求めてしまうのか、どういう食生活をすればいいのかを、“食べる”ことだけではなく、運動の必要性や、テレビの害といったことまで視野を広げて述べています。
政府とメディアとファストフード企業の問題もチラッと。
「超常刺激」の話はナルホドでした。

雑食動物のジレンマ2010年11月09日 16時10分

 『雑食動物のジレンマ』
 マイケル・ポーラン/東洋経済新報社

ひさびさに本のご紹介。

アメリカでベストセラーになったノンフィクション。
雑食動物のジレンマ、雑食性を手に入れたために人間はどんな環境の場所でも生きられるようになった。しかし、食べられる物と食べられない物、体に良いもの悪いもの、それらを自ら考えて選ばなければならなくなった。
摂食障害が蔓延するアメリカの3つの食。工業的な大量生産の食、オーガニックの食、原始的な狩猟採種の食、それぞれを食べ物が生産される出発点から食卓に上るまでを追ったドキュメンタリー。
第一部の工業的な食の章では、農家への直接支払いによって、アメリカの農業がどう変わっていったか。生産コストより安い値で売買されるトウモロコシがアメリカの食を支えている現実。イメージとはかけ離れたアメリカ牛の生産現場などが描かれとても興味深い。
第二部、オーガニックの章では、工業的大量生産のオーガニック産業と自給的なオーガニックの対比。そして日本とはずいぶん違う食肉文化圏での有機畜産の姿が面白かった。
第三部は菜食主義の考察、作者がキノコ狩りやワイルドピッグのハンティングで食料を調達する様、それらを調理する様の奮闘ぶりが面白い。

食品が工業的に大量生産される時に掛かる見えないコストは、食品の価格には反映されないが、消費者がどこかで気づかずに確実に払っている。ファストフードはスローフードより本当に安いのか。
文化が作り上げた食の習慣やルールが雑食動物のジレンマを防いでいた。
文化の力が弱くなるほど食欲は暴走する。
文化の浅いアメリカの食の話だけれども、日本にも当てはまる部分があって、なかなか興味深い本でした。

有機稲作を検討する。2010年07月31日 21時08分

昨日は新庄市を会場に行われた「山形県有機農業者協議会圃場検討会」に参加しました。
新庄・最上管内の有機の圃場を回って、最新の有機栽培技術を皆で検討しようという企画です。
4箇所の圃場を回ったのですが、舟形町の大場さんの田んぼはすばらしかった!目からウロコが落ちるとはこのこと。雑草や病害虫など、生育阻害要素が多い有機栽培でもこれほどのものが出来るんだと、希望がもてました。

昼食に新たな新庄名物『さくらそぼろ弁当』が出ましたが、これまたけっこうなお味です。馬のガッキ(すじ肉)と赤身のそぼろをご飯の上に乗っています。ガッキの適度な歯ごたえ、脂肪分が少なくあっさりいただける甘辛のそぼろ。なかなかのものでした。

午後は屋内で検討会。有機が盛んな置賜や庄内の人達が活発な意見を交換し合います。

夜、地元の身内だけでささやかな反省会。
大場さんや有機に取り組んで20年だそうです。
う~ん、私ももう10年くらいやってるんですけどね。出口の見えない試行錯誤の繰り返し。あと10年であんな田んぼを作れたらいいなあ。

春が来る前に味噌を仕込もう2010年03月07日 20時59分

ここ一週間ばかり農作業を中断して、確定申告やら施肥設計に肥料の注文やらデスクワークにはげんでいました。
ふと気づけば気温も上がってきて、だいぶ雪も融けてきました。
雪が融けて忙しくなる前にってことで、昨日、今日と味噌の仕込みをしました。
大きな鍋がないので、2日に分けて大豆を煮たためです。
いろいろ忙しくて何年か作っていなかったのですが、去年からまた仕込み始めました。
そういえば去年仕込んだ味噌もそろそろ食べ頃かも。どんな味に仕上がっているか楽しみです。
今度は醤油も作ってみたいな。